南東北の方言で「すわって!」の意。おもに幼児にむけてつかう。いまのところ息子には効かない。
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セゴビアをさがそうといったそばからジャンゴのはなし。
どうやら巷にはジャンゴしばりのフェスティバルがあるらしく、屋島にきたので妻子とともにでかけてきた。
3連休のせいか予想外にこみあっていた。長期休暇のせいで曜日の感覚がなく、コロナのせいでイベントの混雑ぐあいも勘がはたらかず、駐車場まえで渋滞して一瞬ドキリとしたが、結果的には大丈夫だった。帰るときにわかったが、たまたまこみあう時間帯にあたってしまっただけらしい。
そして、駐車場がいっぱいだったわりに、来場者はライブを一生懸命きくでもなく、水族館に一直線でもなく、宝物殿にいりびたることもなく、三々五々、まったりとすごしていた。皆おしなべてノンビリである。
結局、格安携帯は山上ではつながらず、息子のシャウトをとめる手立てがなかったため、ほどほどのところで下山した。フリーセッションコーナーも設けられていて、曲は周知されるようだったので、できれば来年は参加したい。ギターよりもベース、ベースよりもバイオリンのほうが重宝されそうである。せめてベースが手もとにあればいいのだが、そううまくはいかない。
10年ほどまえにバンドを組んでストリートジャズフェスでベースを弾いたことはあるものの、それもドラマーからの借りもので、自前のベースはもっていない。ずいぶんまえにサイレントベースをひとに借りたこともあるけれど、ピンとこなかった。
だいたい、このうえ楽器をふやしてどうすんだというはなしである。とくにベースはひとりで弾いても気分はでにくいし、低音は近所迷惑になりやすいし、アップライトは場所もとるしで、むしろ巷のベーシストたちがどうしているのか知りたい。
コンディションに気をつかわなくていい弦楽器というのは存在しない―メタルボディのレゾネーターギターも例外ではない―ので、もつには覚悟が要る。それが好き品であればなおのこと、弾かなくなるとうしろめたいし、ミュージシャンでもない身には塩梅がむずかしい。
やはり一周まわってギターが手軽でいい。それもアコースティック。エレキとちがってケーブルもアンプもいらないし、ピアノのように蓋を開ける手間もない。だから、というわけでもないだろうが、会場にはギターをもったひとが多くみうけられた。
「ひょっとしてオープンチューニングとスライドバーでハワイアン的なアプローチができないか」とおもいついて、図書館でジャンゴのCDを借りてきた。しかしながら、やはりというか、手がつけられない。コピーできる気がしない。20年まえにはじめて聞いたときとおなじ感想である。
とはいえ、せめてコードくらいはさぐってみよう。以上、報告おわり。