Mance Lipscomb "Texas Sharecropper and Songster" (アーフーリー、1960年)
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「あふり」といっても原宿のラーメン屋さんではない。歴としたレコード会社である。かつて南部で行われた国会図書館録音の際、そのうたをなんと呼ぶのか問われた男が「Ar・・・hoolie」と答えたのに由来する。ハラーといおうとして誤記されたのをそのまま会社名にしているわけ。
ライナーノーツによれば、オーナーのクリス・ストラックウィッツは第2次大戦後にドイツから西海岸に移住してきたそうである。ドイツにいたころからニューオーリンズ・ジャズなどを好んでいたのが、西海岸でたくさんの黒人音楽に触れ、とくにライトニン・ホプキンスに衝撃をうけてブルースファンになったという。
アーフーリーは彼が高校のドイツ語教師をしながら興したレーベルであり、本作はその第1弾である。当初はライトニンをさがしたもののつかまらず、代わりにみつかったのがリプスカムだった。音源を聞くかぎり、結果的には幸福な邂逅だったのではないかとおもう。
リプスカムの芸風は軽快だがうわつかず、ギターも唄も文句なくうまい。ガチャついたところがなく、スムースで、それでいて洒脱すぎない。ロニー・ジョンソンとはちがい、ジャジーな香りはしてこない。
基調はテキサス・スタイルで、ブラインド・レモン・ジェファソンとライトニン・ホプキンスの系譜に連なるひとであり、モノトニック・ベースの推進力と、歌とギターのからみあいーユニゾンしたり、ひとりコールアンドレスポンスしたりするーで聞かせる。ギターは単弦のオブリガートで応答することもあれば、コードでこたえることもある。
リズムはすこぶる安定しており、どの曲も気持よくドライブする。モノトニックベースだからというよりは、たんに本人のリズムがいいのだろう。タイムの癖はすくなく、バラッドもふくめて全曲踊れるグルーヴになっているが、グルーヴじたいのブラックネスはそれほどたかくない。
ブルースマンというよりは、発見されたときに本人が名乗ったとおり、ソングスター―凄腕の流しのうたい手―ととらえるのが妥当なのではないかとおもう。ブルース歌手というよりはフォークバラッド歌手といいたくなる。
クルーナーでもくぐもってもいない、どちらかというと塩辛い声で、それだけならデルタブルースマンのようだが、うたいかたは明らかにちがう。ハラーのフィーリングはなくはないが、それほどブルーではない。
声域や声質、歌いかたにかんしては、適切なたとえでないかもしれないが、わたしにはウディ・ガスリーのように聞こえた。めちゃくちゃないいかたをすると、テキサス・カントリー・ブルースギターを基調に、スリーフィンガーのフォークスタイルをミックスして、おなじくフォークライクなボーカルスタイルで幅広いレパートリーをうたったひととおもっても、それほど的外れではないようにおもう。
なお、スライドギターも1曲はいっている。バーがネックにあたるカタカタ音がだいぶはいっているので、いわゆるバーではないべつのもので代用しているのかもしれない。
ぜんたいにうっすらした几帳面さがただよっており、余分な力は抜けつつも、ルーズさとかダルなフィーリングはかんじられない。この手の録音にしてはミストーンが非常にすくないし、リズムもブレないし、歌詞も飛んでいる様子はない。 ながくうたいこんだレパートリーであることが窺える。
ひょっとするとこのカッチリした感じのいくらかは、録音を手配したストラックウィッツ氏のほうからきているのかもしれない。それはわからない。
録音時間の関係だとおもうが、長大な曲は収録されておらず、小曲集といった趣になっているのも、気がるに聞けて好感をもてる。ブラインド・レモンやライトニンほどアクもつよくないし、落着いて聞ける。テキサス・スタイルの弾き語りの教科書として、このひとはもっとフィーチャーされていいのではないかとおもった。
以上、報告おわり。