ドバラダ飛空船〜ブルースからハワイまで〜

ギターをひいたり真空管アンプをつないだり

音楽を聴こう24 〜ダニー・ハサウェイ〜

 里へ息子に会いにいったり、書類を出したりしていたら、また日が経ってしまった。どうやら、子育てしながら山に行くとか釣りに行くとか、そういうノリにはならなそうである。

 

 まあ、それはそれでいい。立てた目標を達成できないのには、とうのむかしに慣れてしまっている・・・いやそれアカンやつ。

 

***

 

 Donny Hathaway "Live"

 

  ・・・うん、ぜんぜんモダンだよね。『What's Going on』より圧倒的に聞きやすい。

 

krokovski1868.hateblo.jp

 

 ライブ盤なのだけど、ライブであることがいい方向に作用しているというか。とにかくリスナーフレンドリーである。

 

 逆にスタジオ作品の場合、観念的になったり冗長になったり、リスナーを置いて行ってしまう危険性がある、ということもできるのかもしれない。

 

 もっというと、置いていかれるのは構わなくて、置いていかれかたなんだよな。放っぽって出ていくのはたやすいが、留守中の日々の暮らしまで気を配れる人間はすくない。

 

 

 これを聴くとむしろマーヴィンのライブ盤を聴いてみたくなる。こう思ってちかごろは動画共有サイトを開けばすぐ解決してしまうのだから、世の中かわったと思う。日常のあらゆる面でペンディングというものが激減した。答えがわからない状態に置かれることがすくなくなった。いきおい問う側で想像することが減った。

 

 結果、すぐに答えが与えられないと何か不当な仕打ちを受けたように気分がわるくなってくる。まるで子どもだ。これで便利になるとこんどは便利すぎると文句をいうのだから、文句のつけようがない。

 

 ・・・まあいい。話を戻そう。

 

 奇妙ないいかたになるが、本作の場合、聞いている途中でいつでも席を立ててしまう。個別に聞いてもおなじフィーリングを得られるとわかっているからだ。これがライブ盤でなくてライブであったらまったくそうはいかないのだから、つくづく録音物というのはおもしろい。

 

 それに対し、スタジオ盤のマーヴィンのほうは途中で止めるのが憚られる。あとで一曲だけとりだしても感じが変わってくるからだ。曲ごとにどう、いうよりは、アルバム全体のトーン、それもそうはっきりしたものでないアトモスフィアが本質をなしている点で、アルバムらしいアルバムであるといってさしつかえないのかもわからない。

 

 翻って、本作にはそういうところはない。ライブだから当然といえば当然である。あるとすれば不可避に浮かびあがる時代背景ぐらいだが、それはどんな録音物にも、程度の差はあれ刻印されているものだ。

 

 と、ここまで書いてまだ3曲目、高密度すぎてもたないヨ、と思ったらご近所から「うるせえナ」とクレームが入ったのでレビューはこれまで。世知辛ェ~!