プラトンの『饗宴』によれば、ソクラテスはすっかり年をとってから、踊ったり楽器を弾いたりすることを習うのに時間をとり、しかもそれを有意義なものとかんがえていたという。だから、というわけでもないだろうが、手習いというものは、いくつになっても、おもい立ったときにはじめればいいのではないかとおもう。
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四半世紀たってブルースというスタイルがすこし自分になじんできたような気がする。ブルースを聴いたり映像を観たり本を読んだりしつづけた結果である。
要するにオッサンになったわけだ。スタイルがなじめばフィーリングはでやすくなるはずなのだけれど、そう理屈どおりにはいかないらしい。
以下、セルフ録音メモ。
・録音したあとで聴いて踊れるようならそれはナイステイク。滅多にでない。
・弾いていて気分がいいのと、録音をきいて気分がいいのとを、一致させるように努力する。
スタイルがなじんでいない場合、すなわちフィーリングがつかめていない場合、ずれやすい。それだとナイステイクはおろか、OKテイクもなかなかでないので、時間をおいてまた戻ってきたほうがいい。
無理にむずかしいことをせず、話をむずかしくしないで、うまくいかなくてもむずかしくかんがえないというのが、OKテイクにちかづく道ではないかとおもう。それがむずかしいというのは、またべつの問題である。
以上、報告おわり。