ドバラダ飛空船〜ブルースからハワイまで〜

ギターをひいたり真空管アンプをつないだり

ハワイ・ビート

 「音は、言葉のようには正確に名附けたり規定することはできないが、言葉では補えない感情を正確にとらえる。音は未分化の総体として存在するものなのである。」

武満徹

 

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 こないだ県立図書館にでかけたら、スミソニアン・フォークウェイズ・レコーズの『Hawaiian Drum Dance Chants: Sounds of Power in Time 』があったので借りてきた。ブルースもそうだが、ハワイの音源もどんどんでてきてキリがない。これで本格的にYou Tubeなどつかいだしたら、とてもでないが手に負えそうにない。

 

 うちにかえってさっそくかけてみると、日本の祝詞とそうかわらないようにきこえる。ハワイ語は母音が多いせいかききとりやすい。意味はぜんぜんわからないが音はひろえる。パーカッションもシンプルなオンビートで親しみやすい。

 

 話はそれるが、そのむかし、韓国のパンソリをきいたとき、パーカッションとボーカルのからみあいに鳥肌をくらったおぼえがある。ハワイのこの音源は、それよりはあきらかに祝詞にちかい。演奏しながらトランスしていくようなのともちがっていて、はいりこむにしても、ゆったりしたものである。

 

 リズムにかんしては、タイムがのびちぢみする間の感覚がいっぽうにあり、反対がわにアフリカの微分的で重層的なポリリズムがあって、真んなかにインド音楽のような連綿としたグルーヴがある気がしている。上述のパンソリは、インド由来の大陸の感覚というか、そういうものではないかとおもっている。

 

 きめられたタイムのなかでグルーヴするものについて、かたやシンプルなオンビートがあり、タイムのなかで伸び縮みする2ビートがある。シンプルなオンビートをひきのばしていくと間の概念にちかづき、2ビートのほうを微分していくと8ビートになり―バックビートである―、それをさらに細分化すると半ハネの16ビートになって、ブラックネスをましていく。

 

 それとはまたちがったアプローチで、南米のようにビートじたいが訛ったり、西アフリカのようなメカニカルなポリリズムになったりする。前者についていえば、スウィングや4ビートも訛りとかんがえていいとおもう。8ビートが訛ってスウィングし、4拍子のタイムのなかで音価をたもってつっこみ気味にはいっていくと、急いでいるのにゆっくりした特有のドライブがうまれる。

 

 現代のポピュラーミュージックのリズムにおいては、こうした要素が複雑にまじりあっているととらえているが、分布をちゃんとしらべたわけでもないこのような感覚的な発言にはとうぜん、なんの信憑性もない。

 

P.S. さいきん『アラン・ローマックス選集』という本を市立図書館でみつけた。パラパラめくっているが、自分がばくぜんとおもっていたことが、500倍くらい精緻に体系化されて、計量音楽学というかたちで半世紀まえに提唱されていた。学会ではうけいれられなかったみたいだが。これまた要継続調査。