Joe Walsh “But Seriously Folks…”(1978年、エレクトラ)
どういう経緯で部屋の棚に収まったのかさえ定かではない、そういうCDってある。「なんかいい」と思いながらなんとなく聴いていたのだが、折角なのでこの機会に文字に起こそうと思い立った。
例によって急な思いつきだから、ものすごいヘマをしでかすかもしれないし、とんでもない見当ちがいをするかもしれない。しかしともかくもこころみよう。
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一聴して感じるのは後期ビートルズで、これはギターのせいではないかと思う。1曲目から大々的にフィーチャーされるスライドは『Free as a Bird』のようだし、通しで聞いてもあきらかにギターミュージックで、どう考えても70年代アメリカである。アメリカのひと、だよね?
洒落っ気はあるし音の重ねかたは技巧的ではあるけれど、基本線はブルースロック、とくにやはりスライド。ジョージ・ハリスンをさらにロックナイズしたようなサウンドで、ブルーススライドの流木のような音。素敵である。
ときどき入るシュワーンとした飛行機のようなギターサウンドは、フェイザーなのかな。MXRだとかなんとか、そのころ流行した音だと聞いたことがあるが定かではない。
なんせギターリフというのはわかりやすくカッコよくていい。これも近ごろどうか知らん。流行らなくても廃れてはいないと思いたい。ギターリフはあってもピアノリフはないという事実にもうすこし思いを馳せていいのではないかという気がする。
なぞればとりあえず弾いている気分になれる、リフはすばらしい発明である。物理的なとっつきやすさ―軽量で運搬可能でコードを鳴らせて弾き語りもできる―とともに、ギターの大きな魅力をなしている。これがピアノだとテーマとかモチーフになっちゃうんだよな、どういうわけか。
モチーフは展開していく。リフはくりかえす。反復の中でグルーヴする、そのずらしはモチーフの展開とはどこかちがう。踊れるようにずらすのかもしれない。わからない。
話を戻して、本作は曲のサイズ感もちょうどいい。サビもハッキリしているし、音もスカスカすぎずみっしりすぎず、そこはかとなくユーモアもあるサウンドで、聞きづかれしない。
リズム上はいくらかむずかしいことをしている部分もあるが、カントリーブルースの人が弾き語りをするときのように、自然に変拍子になっているように聞こえるので、それで緊張させられたりはしない。そのへんもビートルズっぽいといえなくもない。
兎もかく、激情とか熱演とか、そういったことばは似合わない。AOR的な気どりはないにせよ、大人のつくるアルバムだと思う。すくなくとも初期衝動や勢いにまかせてつくれるようなサウンドではない。
編集は大人の特権のひとつだが、自然な作りこみというのはそのひとつの到達点というか、人間性のあらわれのようにさえ感じられてくる。
ぜんたいの長さも35分くらいでちょうどいい。中年のライトな音楽リスナーにとって、もはやアルバムは30分もあれば必要十分である。
・・・と、ここまで書いたところでグーグル先生に訊ねたら、イーグルスのギタリストだった。あら~。
イーグルスといったら、デサフィナードじゃなくてコーサラフィーナじゃなくて、あれだ、デスペラードとホテル・カリフォルニアくらいしか聴いたことがないからなあ。罪ほろぼしに今年はイーグルスのアルバム巡礼をしよう。いま決めた。
なお、ウィキペディア教授によれば、邦題は『ロスからの蒼い風』だそうである。たしかに雰囲気はすごく伝わる。「蒼い風」だとモンゴルを連想させるから、いっそ『ロスからの茶色い小瓶』というのはどうか。ちょっとドレスダウンしすぎか。
以上、報告おわり。あーはずかしい。