仕事で高知市にでかけたら雨に降られて、あやうく立ち往生するところだった。やれやれ。
土讃線がとまってしまったので黒潮エクスプレスで帰ってきた。高速バスもわるくはないが、やはり電車のほうがいい。
ひとまず映画の、いや音楽の話。
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先日、平日の午前中から『イーダ』を観ていたら、ジョン・コルトレーンの『NAIMA』がつかわれていて、あまりにも美しかったのでそのまま中古CD屋に行ったら夏のセール中で用もないなん枚かのレコードとともに買ってしまった。うう、なんでこうなる。
コルトレーンと聞くと、どうも思想性というか宗教性というか、後期のイメージがつきまとって、マイルスのマラソン・セッションもので「にしても音デケェな〜」などといいつつ聴く程度だった。『SOULTRANE』に『BLUE TRAIN』、『GIANT STEPS』などは好きだし、インパルス時代だって別に普通に聴ける。とはいえ後期の作品群は、こちらの精神がある種のささくれかたをしていないとうまく入ってこないところがあり、またコルトレーンじたいがアイコンというかカリスマというか、思想も時代も体現してしまっていて、要は巨大すぎてどうも親しめないのである。
それで『NAIMA』ってどのアルバムに入っていたかすっかり忘れていて、ひょっとしたら既聴かとも思ったのだけれど、こんな美しい曲を聞いて忘れるはずがないから、ちょっとグーグル先生に質問してみた。そしたら既聴なんですね、あろうことか『GIANT STEPS』にばっちり入っている。
こんな素晴らしい曲を忘れてしまうとは。当時は感動しなかったのかなあ。そんなはずないと思うんだけど。年とると忘れるから何回も感動できていいね・・・って嫌だよ俺そんなの。
CD屋さんに『LIVE AT ANTIBES』というヨーロッパ旅行時のライヴ音源しかなかったので、買って帰って聴いてみたらやはりいい。200回くらい聴いてもやっぱりいい。今日になってもまだ脳内で再生されつづけているから、ほんとうにいいんだと思う。
一音めから持っていかれる。リリカルなのにいささかも流されない。スタイリッシュなくせにほとばしっている。タイプはちがうがローランド・カークの『DOMINO』を思わせるところがある。
野生と科学の融合、というわけでもないのだけれど、そんなふうにいいたくなる感じがある。これがリリカルなままスマートでクールなほうにいくと新主流派に向かい、ここにファンクネスとブラックネスを足すとBLACK JAZZのようになっていくのかなあ、などと思えてくる。
要はこの曲を聴いていると源流を遡行しているような気分になるという話。以上、報告おわり。